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先週の説教より

「サタン、引き下がれ」 マルコによる福音書8章31-9章1節(8/16説教)

 「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」(31節)と主イエスは初めて弟子たちにご自身の受難予告をお語りになりました。ペトロが弟子たちを代表して「あなたは、メシアです」(29節)と信仰告白をしたことを受けて、そのメシアとは「受難のメシア」であることを弟子たちに教える意図があったと考えられます。

 弟子たちは主イエスの受難予告に深い衝撃を受けました。「ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた」(32節)とあります。マタイ福音書16章22節には「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」と記されています。弟子たちにとって、主イエスの受難は「とんでもないこと」であり、絶対に「あってはならないこと」ことだったのです。

 そのペトロに対して主イエスは「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」と言って、厳しく叱責されたのです。弟子たちにとってどんなに受け入れ難いことであっても、それを受け入れないことは、自分を「主」(神)とすることであり、それこそあってはならない「サタン」の業なのです。どんなに受け入れ難いことであっても主イエスの御言葉に服することが「自分を捨て、自分の十字架を背負って」(34節)主に従うことであり、「自分の命を救う」(35節)こと、主の命に生かされることなのです。受難に向かう公生涯の後半の歩みを始めるにあたり、主イエスは弟子たちに主に従う信仰において最も大切なことをお語りになったのです。

 武山教会牧師 柏木英雄