先週の説教より
「自分の家に帰りなさい」 ルカによる福音書8章32-39節(8/2説教)
引き続き「悪霊に取りつかれている男」(27節)のことが語られています。この人は信仰について深く悩んでいる人と言うことができます。そして信仰に悩む人、自らの不信仰に苦しむ人こそ、真の信仰者と言えるのです。
自分の主義・主張、思想・信条としての信仰は自分の不信仰(罪)に悩みません。たとえ主イエスを信じる信仰であっても。(主イエスについての)自分の思い(考え)を主張するのですから。そのような信仰は自分の不信仰(罪)について悩まない故に、自分の罪を清めることができないのです。真の聖書的信仰は、神の御前に自らの不信仰(罪)が明らかにされ、それに悩み苦しむ故に、そのことの中で主イエスの霊的臨在の恵みに与ることによって、真の清さに生かされる者となることができるのです。あの男のように。
悪霊が豚の中に入り、その豚の群れが崖を下って湖になだれ込みおぼれ死ぬことを通して(33節)、いかに多くの悪霊が男を悩まし苦しめていたかが分かります。その苦しみが、主イエスの介入によって、一瞬の内に、解決されたのです。私たちの信仰の悩みも、あるがままに(不信仰のままに!)憐みの恵みの主に委ねた時、一瞬の内に主を信じる者に変えられるのです。
悪霊を追い出してもらった男が主イエスの御供をしたいとしきりに願いましたが、主イエスはそれを許さず、「自分の家に帰りなさい。そして、神があなたになさったことをことごとく話して聞かせなさい」(39節)と言われました。一人の信仰者として、日々の生活の中で(そこに常に不信仰が働く!)、自らの不信仰を常に主に委ね(男にはそれができなかった!)、主の霊の助けによって主にある平安の中に生かされる、その救いの生活を証しすることが、男の(そして全ての信仰者の)使命である、と主イエスは言われたのです。
牧師 柏木英雄
