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先週の説教より

「朝の食事をしなさい」 ヨハネによる福音書21章1-14節(5/3説教)

 「イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、『主だ』と言った。シモン・ペトロは『主だ』と聞くと、裸同然であったので、上着をまとって湖に飛び込んだ」(7節)とあります。ヨハネによって岸辺に立つ人が復活の主イエスであることを知らされたペトロは、上着をまとって湖に飛び込み、誰よりも早く復活の主のもとに急いだのです。

 かつて同じような経験をした時、ペトロは主イエスの足もとにひれ伏し、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」(ルカ5章8節)と言いました。しかし今や、ペトロは復活の主であることが分かると、誰よりも早く主のもとに急ぐ者に変わったのです。ペトロは今や、自分の罪深さを恐れない者になったのです。なぜなら、主イエスの十字架が人間の罪の贖いのためであり、主イエスの復活が罪人を新しく生かす救いのための出来事であることを学び始めたからです。

 「陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった」(9節)とあります。炭火がおこされ、その上に魚がのせてあり、パンが用意されていたということは、復活の主が一晩中魚を取ろうと奮闘していた弟子たちを見守っていてくださったことを意味しました。弟子たちは、赤く燃える炭火を見ながら、こうばしく焼ける魚のにおいを嗅ぎながら、そしてパンも用意していてくださる復活の主のきめ細かな配慮を覚えながら、改めて弟子たちに対する復活の主の愛と赦しを知ったのではないでしょうか。

 「さあ、来て、朝の食事をしなさい」(12節)と復活の主は言われました。復活の主と共に新しい一日を始めるのです。それは弟子たちにとって心躍るひと時だったのではないでしょうか。この時、弟子たちは改めて今度こそ本当に主の弟子として生きていこうと決意を新たにしたのではないでしょうか。

牧師 柏木英雄