先週の説教より
「わたしにつまずかない人は幸いである」 ルカによる福音書7章18-23節(2/22説教)
領主ヘロデが自分の兄弟フィリポの妻へロディアを自分の妻としたことに対して、ヨハネはその結婚は神の御前に正しくないと批判しました。そのためヨハネは捕らえられ、牢に入れられたのです。その牢の中から、ヨハネは自分の弟子を主イエスに遣わし「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」(18節)と尋ねさせたのです。
ヨハネは、神を恐れず悪を犯し続けるヘロデを主イエスが裁こうとされないことに躓きを覚えたのです。ヘロデは明らかに神の御前に罪を犯している。それにもかかわらず、なぜ主イエスはヘロデを裁かないで、悪を犯すままに放任しておられるのか、と思ったのです。
主イエスは決してヘロデの罪を裁かない訳ではないのです。ヘロデの罪を御自身の(やがて起こる)十字架の死において徹底的に裁いた上で、「あなたの罪もわたしが十字架において担った。だから、安心してあなたもわたしの復活の命によって生きる者となりなさい。そうすれば、あなたも救われて新しく生きることができる」と主イエスは言わんとしておられるのです。
そのことを言わんとして、主イエスは「行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、~死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。わたしにつまずかない人は幸いである」(22節以下)と言われたのです。
主イエスは今もすべての人の心の扉を叩きながら(ヨハネ黙示録3章20節)「あなたの罪はわたしが十字架によって担った。わたしの復活の命によって罪清められた者として生きよ」と常に語りかけておられるのです。この主イエスに「つまずかない人は幸いである」と、主イエスは言っておられるのです。
牧師 柏木英雄
