先週の説教より
「夜は更け、日は近づいた」(アドベント第1主日) ローマの信徒への手紙13章11-14節(11/30説教)
12節に「夜は更け、日は近づいた」とあります。これは主イエスの十字架・復活・聖霊降臨日の出来事を念頭に置いて言われているのです。「夜が更ける」とは、時計の針で言えば、時計の針が真夜中の12時を回ったということです。時計の針が夜中の12時を回れば、後は時計の針は夜明けを目指して進んでいくばかりだからです。
人間の罪が最も深くなった真夜中の出来事が主イエスの十字架の出来事です。人々(神の民イスラエル)が主イエスをメシアとして信じることができず、偽メシア、神を冒瀆する者として十字架につけたからです。その人間の罪を主イエスが十字架の死において真実に受け抜いてくださることを通して、復活(死人の甦り)が実現し、その50日後に聖霊降臨日(ペンテコステ)の出来事が起こり、罪人に対する神の救いの働きが始められたのです。
時計の針が夜明けを目指して進んでいるとは、この聖霊による主イエスの救いの御業が救いの完成である夜明けを目指して進んでいるということです。そのことをパウロは「夜は更け、日は近づいた」という表現で言い表しているのです。
聖霊による主イエスの救いの御業に与る道は、唯一つ、罪の悔い改めです。これを誠実に神の御前に行うのです。その時、主イエスは聖霊の働きの中で私たちの魂に臨んでくださり、私たちの肉の思いを清め、主の清き命の中に生かしてくださるのです。ただ、罪の悔い改めが困難なのです。それが苦しいのです。しかし、それをしなければ、主の命に生かされることができないのです。
主イエスの十字架が私たち罪人が立つべき唯一つの場所です。その場所に立つのです。そこから逃げないのです。その場所に深く身を委ねる時、復活の主が溢れるばかりの恵みをもって私たちを生かしてくださるのです。
牧師 柏木英雄
