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先週の説教より

「この方こそ主メシアである」(クリスマス礼拝) ルカによる福音書2章1-21節(12/21説教)

 「恐れるな。わたしは民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」(10~12節)と天使は羊飼いたちに語りました。

 ベツレヘムの貧しい馬小屋の飼い葉桶の中に寝ている幼子が神から遣わされたメシア(救い主)であるという宣言です。神の御子メシアが人間の最も貧しい現実(罪)のただ中においでくださったのです。この幼子が神の御子であるということは、この幼子の中に神が共におられるということです。天上の神がこの幼子と共におられるのです。そうであれば、神ご自身が御子と共に人間の罪の現実のただ中においでくださったのです。そして御子イエスと共に人間の誕生から死ぬまでの生涯のすべてを味わい尽くしてくださったのです。讃美歌(54年版532番)に「主の受けぬ試みも、主の知らぬ悲しみも、うつし世にあらじかし、いずこにも御跡見ゆ」とある通りです。

 神は、主イエスと共にあって人間のすべての苦しみ、悲しみそして喜びを知っておられ、その中で、一人一人が主イエスを信じて、主の清さに生かされる者となるよう、常に導いていてくださるのです。改めて神の忍耐強い愛を思います。神は人間の罪の一つ一つをよく知っておられるのです。それにもかかわらず、その罪を裁かないのです。否、人間のすべての罪を主イエスの十字架の死において徹底的に裁き、徹底的に裁くことを通して真実に赦し、罪ある人間を主の復活の命に与らせることによって真の清さに生きることができるように常に導いてくださるのです。ここに神の忍耐強い愛が示されているのです。

牧師 柏木英雄