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先週の説教より

「いかなる場合にも対処する秘訣」フィリピの信徒への手紙4章10-14節(7/31説教)

 10節に「あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました」とあります。フィリピ教会の人々のパウロへの心遣い(具体的には献金)がしばらく滞った時があったことがうかがえます。その理由として、3章2節で「あの犬どもに注意しなさい」と激しく批判したユダヤ主義的キリスト教徒の存在が考えられます。彼らの教えに惑わされてパウロに対する信頼が動揺させられ、そのためにパウロへの心遣いが滞ったのでしょう。

 しかし、今やその困難を乗り越えて、フィリピ教会の人々が再びパウロへのそれと共に主キリストへの信頼に立ち帰ることができたことを、パウロは「主において非常に喜んだ」のです。「今までは思いはあっても、それを表わす機会がなかったのでしょう」(10節後半)という表現には、フィリピ教会の人々へのパウロの配慮がうかがえます。

 11節に「物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです」とあります。「習い覚える」という言い方にパウロの謙遜が表わされています。パウロ自身も自分が置かれた境遇に不満を覚え悩むことがあったのです。しかし、今自分が置かれている境遇は、どこであれ、そこで主にあって生きるようにと、神が自分にお与えくださった境遇であることが少しずつ分かってきたのです。

 それと共にパウロは「貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。~いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」(12~13節)と言うことができるようにされたのです。主によって強められたパウロの信仰であったのです。

牧師 柏木英雄