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教会だより

「この人たちが黙れば、石が叫びだす」 ルカによる福音書19章28-44節(3/29説教)

 人々は主イエスのエルサレム入城が十字架にかかるためであることを知りませんでした。人々は「自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び」(37節)、主イエスが「栄光のメシア」としてエルサレム神殿の玉座に着かれることを信じて、主イエスのエルサレム入城を歓呼して迎えたのです。

 主イエスは人々の歓呼が誤解に基づくものであることを知っておられました。しかし主イエスは、ご自身がエルサレムで十字架の死を全うすることによって、全ての人間の罪が贖われ、全ての人間が主イエスの復活の命に与って罪清められた者として生きることができる救いの道が開かれるのですから、そのためにエルサレムにお入りになるのですから、主イエスのエルサレム入城はどんなに祝っても祝いすぎることはない、大いに歓呼して喜び祝うべきであると考えておられたのです。それ故に、主イエスは人々の歓呼を喜んで受けながらろばの子に乗ってエルサレムにお入りになったのです。

 ところが、ファリサイ派のある人々は人々の歓呼を快く思わず「先生、お弟子たちを叱ってください」と言ったのです。その時、主イエスは「もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす」(40節)と言われたのです。「石が叫びだす」とは驚くべき意表を突く言葉ではないでしょうか。

 石は決して叫び出すことのない存在です。しかし、万一石が叫び出すことがあるとするなら、それは天地万物が新しくなる大異変が起こる時ではないでしょうか。それなら主イエスのエルサレム入城は、天地万物が全く新しくなる程の偉大な出来事なのです。それ故に、主イエスのエルサレム入城について誰も賛美しないのなら、石が歓呼の叫びをあげるだろう、と主イエスは言われたのです。主イエスのエルサレム入城はそれほど尊いことである、と主イエスご自身が言っておられるのです。

牧師 柏木英雄