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教会だより

「徴税人や罪人の仲間」 ルカによる福音書7章31-35節(3/8説教)  

 34節に「人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う」とあります。「徴税人や罪人」とは、当時のユダヤ社会の中で「神から見捨てられた者」というレッテルを張られた人たちでした。そして何より彼らを惨めなものにしたのは、彼ら自身が自分たちのことをそのような人間(神から見捨てられた者)とみなしていたことでした。自分たちが神の律法に背き、神に喜ばれない生活をしていることを彼ら自身が一番よく知っていたからです。

 そのことが主イエスの心の琴線に触れたのです。彼らに対する熱い思いへと主イエスを駆り立てたのです。「そうではないのだ、あなたたちこそ罪赦され、救われるのだ」と叫びたい思いに主イエスの心はあふれていたのです。これから起こる主イエスの十字架と復活の出来事によって「あなたがたのすべての罪は赦され、あなたがたこそ主の復活の命に与って、罪清められ、神の救いに生きることができるのだ」と言わんとされたのです。

 ただ、ご自身の十字架と復活の出来事はこれから起こることですから、主イエスはそのことを踏まえながら、そういう気持をもって徴税人や罪人たちと親しい交わりを持たれたのです。それ故に、主イエスは人々から「徴税人や罪人の仲間だ」と揶揄されたのです。

 しかし、主イエスが徴税人や罪人と共に歩む歩みの中には、「自分たちこそ神の御前に正しい生活をしているから救われる」と考えている人たちに対して「あなたがたも主の十字架と復活の出来事を受け入れることがなければ、救われることができない」という意味も込められていたのです。主イエスは、この二つの意味を込めて、祈りながら、徴税人や罪人たちと親しい交わりの中に歩まれたのです。

牧師 柏木英雄