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教会だより

「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」 マルコによる福音書12章13-17節(3/21説教)

 人々が主イエスを陥れようとしてファリサイ派とヘロデ派の人々を遣わし、皇帝に税金を納めることが律法に適っているかどうかを主イエスに尋ねさせました。主イエスは、人々が日常使っていたローマ貨幣のデナリオン銀貨を持って来させ、「これは、だれの肖像と銘か」と尋ねられました。そこには当時のローマ皇帝ティベリウスの頭像と「神なるアウグストの子、ティベリウス、カイザル・アウグスト」という銘が刻まれていました。

 主イエスはこのデナリオン銀貨を指しつつ「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(17節)と言われたのです。この世の現実が皇帝の支配の中にあるのであれば、それに服することが神の御心である故に、「皇帝のものは皇帝に返す」、即ち、税金を支払うべきである、と言われたのです。しかし、その上で「神のものは神に返しなさい」と言われたのです。

 「神のもの」とは何でしょうか。何より人の心(魂)です。人の心(魂)こそ神の所有である故に、神に返す、即ち、神を神としてあがめ、神に服しつつ生きるべきである、と主イエスは言われたのです。私たちは、自分の心は「自分のもの」だから、自分が何を考えどう感じようと自分の自由であると思うのですが、人間が神の被造物である限り、人間の心(魂)は本来神のものなのです。それ故に、神に返すべきなのです。そして、このことは皇帝、即ち、この世の為政者に対しても言えることなのです。この世の為政者の使命はこの世の秩序を守ることであって、人の心(魂)にまで介入することは許されないのです。もとより自らを「神」とすることも許されていないのです。主イエスはその意味を込めて「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言われたのです。

牧師 柏木英雄